世紀末の描くメンヘラって東京っぽいと言われているのを見た。
何度か直接言われたこともある。全て別の人に。
あまりにも言われすぎてなぜみんなそう思うのだろうと考え始めた。
メンヘラという言葉を私は悪口で言われすぎたため本来あまり使いたくないのだけど
今回あえて言う、私は田舎のメンヘラである。
メンヘラを描いているつもりはないが、私自身は世の言うメンヘラに当てはまる。
なぜメンヘラ=東京に生息していると思われるのか。
おそらく偏見に偏見が重なり昨今のメンヘラのイメージが東京に集まっているのだ。
下北沢でバンドマンに狂い、歌舞伎町でホストに狂い、眠らない街で泣いている少女がわかりやすいメンヘラのイメージなのではないだろうか。
馬鹿にしやがってと思う。
どこでだって何にだって狂えるのだ私は。
試しに窓のない白い部屋に閉じ込めてください。
上手に狂ってみせますよ。

以前付き合っている人間に自分の生まれ育った何も無い地を見せたことがある。
「こんな土地でどうしてあんな作品を…?」と、とても不思議そうに言われた。
私の生まれ育った地は緑豊かで星が綺麗で虫の声が響き、本当に何も無いのだ。
深夜徘徊は不審者ではなく野犬や猪や熊や猿に襲われる危険性があるからやめろと言われる土地だ。
当時のまだ実家にいた私は人々が寝静まった頃、自室の窓から身を乗り出して星の綺麗さに絶望していた。
星が綺麗なことすら嫌だった。
それでも星を見ながら『お願い誰か私をどこかへ連れて行って、ここではないどこか、月に帰りたい』と1人で祈る時間は好きだった。悲劇のヒロインを気取っていた。こんなに周りと合わないのだから自分は本当にかぐや姫なのではないかと思っていた。
突然変異のメンヘラだった。
漫画や映画にのめり込んで学生時代からサブカル的なファッションを好き好んで着ていたのだが田舎には不釣り合いでかなり批判を食らった、戦争教育熱心な親からは迷彩柄を禁止されていた。
男の子と手を繋いで下校なんてしたらすぐに親に伝わった。田舎の連絡網は凄まじい。
「おたくの娘さん、変な服きて歩いてましたよ」
「前とは別の男の子と手を繋いで歩いてましたよ」
下妻物語サブカルメンヘラ版、ヤンキーとの友情無しバージョンだった。

同じ趣味の友人もおらず孤独な私はインターネットに救いを求めた。
インターネットでも人見知りで自分から趣味のあう友人を作る器用なことはほとんど出来ず、ただただ『私を見つけてください』と願いを込めて絵を載せていた。
こんなことを言うと田舎から都会への憧れが作品に出ているんじゃないのかと思われそうだが、私は都会でもきっと変わらず同じ絵を、マンガを描いただろう。
どこに行っても服を顔を話し方を性別を文字を姿勢を歩き方を馬鹿にされただろう。
田舎も都会もそこは変わりない。
どこでも天国にも地獄にもなる。
そしてどんな時も私にとって絵は逃げ場になる。
言えなかったこと、本当に思っていたこと、ずっと嫌だったこと、それでも好きだったこと、最悪で最低な思い出も汚い傷も私は絵になると途端に愛せてしまうのです。


そんな愛が現在東京原宿で展示されております。
大好きな原田ちあきさんとの2人展です。
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『泣かないで、終末』

どなた様もぜひお越しください。
絵は誰ひとりとして拒みません。

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